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【3:脾胃の働くうちにたべる】

健康的・病的にかかわらず「脾胃がはたらいている」ということは「食欲がわく」ということです。益軒センセは食欲というものを非常に大事にされています。

ここでは「腹が空いてなければ一食抜けばいい」「嫌いなものは栄養にならないから食べなくていい」と、現代栄養学からすれば噴飯ものの主張が見受けられます。

ですが、栄養ではなく消化管の働きに着目して考えると、こういった一見おかしな主張も理にかなっているように思います。

また、「嫌いなものは食べなくていい」といっているのに「好きなものばかり食べてちゃダメ」と言ったり、一見矛盾しているように見る部分もありますが、食欲ということに注目するとこれも筋の通った主張となります。

それでは見ていきましょう。

 

朝食いまだ消化せずんば、昼食すべからず。点心などくらふべからず。昼食いまだ消化せずんば、夜食すべからず。前夜の宿食、猶滞らば、翌朝食すべからず。或半減し、酒肉をたつべし。およそ食傷を治すること、飲食をせざるにしくはなし。飲食をたてば、軽症は薬を用ずしていゆ。

養生の道しらぬ人、殊に婦人は智なくして食滞の病にも早く食をすゝむる故、病おもくたる。ねばき米湯など殊に害となる。みだりにすゝむべからず。病症により、殊に食傷の病人は、一両日食せずしても害なし。邪気とゞこほりて腹みつる故なり。(p.71 傷食の時は断食するも可)

まだ消化していない=胃もたれする状況と思っていただければいいです。

前の食事が胃に残っているのは、脾胃=消化器官の働きが低下しているからです。つまりお腹が疲れているのですが、そういった時に更に食べ物を入れてしまうと消化器官の疲れがさらに悪化してしまいます。

実は食べ物の消化に使うカロリー量というのは結構なもので、人間の一日の消費エネルギーの10%を占めています。成人男性なら200kcal程度でしょうか。運動量にすると1時間の軽いウォーキング相当です。これは健康時の数字なので、消化管の調子が悪く消化に時間がかかっている場合はもっとエネルギーを消費すると思われます。

「1時間のウォーキング程度の運動ならそんなに大したことない」と思われるかもしれませんが、消化は全身運動ではなく消化器官のみが働く運動ですし、そう考えると結構な負荷量です。

ただでさえ消化器官が疲れていて残業をしている時に新しい仕事(食べ物)を追加したらどうなるか…消化能力はどんどん落ちて、疲れはよりひどくなっていきます。こういった時には休暇を与えて消化器官をリフレッシュさせましょう、というのがこの部分の意味です。

 

 清き物、かうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、この五の物をこのんで食ふべし。益ありて損なし。これに反する物食ふべからず。この事もろこしの食にも見えたり。

新鮮・香ばしい・やわらかい・薄味・おいしいと食べるべきものを挙げているが、食中毒・食がすすむ・滞りにくいという三点の視点が混ざっている(p.73 食うべきものの五標準)

「新鮮」「香ばしい」「やわらかい」「薄味」「おいしい」ものを好んで食べなさい、そうでないものは避けましょう、としています。ここには「食欲を増す」という以外にも「食中毒予防」「脾胃に水湿を貯めない」という視点も混ざっているのですが、基本的には「おいしいものを食べましょうね」ということです。

 

 衰弱虚弱の人は、つねに魚鳥の肉を味よくして、少づゝ食ふべし。参耆(じんぎ)の補にまされり。性よき生魚を烹炙よくすべし。塩つけて一両日過たる尤よし。久しければ味よからず。且滞りやすし。生魚の肉鼓(にくみそ)につけたるを炙煮て食ふもよし。夏月は久しくたもたず。(p.73 衰病の者への滋養物)

弱っている人に消化の悪い肉類を食べさせるのはここまでの益軒センセの主張を踏まえればNGなのですが、少しなら食欲がわくからいいよ!としています。

参耆は人参(朝鮮人参)と黄耆という生薬で、今も昔も高級品です。現代でも高価な栄養ドリンクには大体入っていますが、大変疲労回復効果の高い薬です。病人に少しだけ香ばしく調理した肉類・魚類を食べさせるのは高級な薬を飲ませるよりも優れている、それだけ食欲というのは大事なんだということです。

 

すける物は脾胃のこのむ所なれば補となる。李笠翁も本姓甚すける物は、薬にあつべしといへり。尤この理あり。されどすけるまゝに多食すれば、必ずやぶられ、好まざる物を少なくらふにおとる。好む物を少食はゞ益あるべし。(p.72~73 好きなものを少し食べよ)

食物の気味、わが心にかなはざる物は、養とならず。かへつて害となる。たとひ我がために、むつかしくこしらへたる食なりとも、心にかなはずして、害となるべき物は食ふべからず。また、その味は心にかなへり共、前食いまだ消化せずして、食ふことを好まずば食すべからず。

わざととゝのへて出来たる物をくらはざるも、快からずとて食ふはあしゝ。別に使令する家僕などにあたへて食はしむれば、我が食せずしても快し。他人の饗席にありても、心かなはざる物くらふべからず。また、味心にかなへりとて、多く食ふは尤あしゝ。(p.75 食い気のしないものを食べるな)

「好きなモノは脾胃の好むところであり栄養となる/食べたくないモノは栄養にならないし、脾胃が働かないので滞って却って害になる」という2つの主張が実は矛盾していないこと、ここまでお読みいただいた方ならご理解いただけますよね?

消化器官を活発にさせるためには食欲がわくことが大事です。食欲のわかない嫌いな食べ物だと消化器官も元気をなくし、結果脾胃に滞りを生む原因となってしまいます。

また、好きな食べ物であっても増進した食欲分以上に過食すれば脾胃に滞りを生んでしまいます。

 

ここまでの部分は「消化器官の調子を整えて滞りをつくらない」ということに着目して抜粋・解説をおこなってきました。この部分が「養生訓の食事」の基本であり、また「養生訓の健康法」の基本でもあります。まだ飲食編の解説はつづきますが、次からはちょっとまた違う内容のお話になります。ご期待下さい。