この仕事してて患者さんによく聞かれることの一つとして「手首の脈でなにをみてるんです?」というのがあります。脈診をされる同業の方なら必ず受けたことのある質問じゃないでしょうか。
「全身の気の状態を見ている」というのが伝統的な東洋医学の解釈としては正解になるのですが、それでは余りに訳が分かりません。 業界内では「脈診十年」なんて言われますが、鍼灸師の方も理論よりも勘でやっている事が多いため、習得に非常に時間がかかっている分野です。
今回は脈の生理的な側面をしっかり考えてみたいと思います。
東洋医学のテキストや古典医学書には脈の生理的解釈というのは載っておらず、どの脈の型がどの病症を示すかということに終始しています。ですが、脈を形成する要素と脈の型が示す病症を照らし合わせると、脈診というのが大体5つの要素で形成されていることがわかります。
脈に影響する要素は①心拍②血管平滑筋の緊張③血管容積と血液④血管を取り巻く組織⑤末梢抵抗の5つです。これらの変化の組み合わせを感じ取るのが私の考える脈診の技術になります。
①心拍
お医者さんが脈を診る場合は大体心拍数を診ていますが、東洋医学の脈診では心拍数に加えて脈が指に当たる勢いの強さや、脈拍のリズムが一定であるかどうかといった点に注視します。
心拍数は「寒熱を示す」とされていますが、自律神経の興奮状態で速さが変わる他に感染症などで免疫が活発に働いているときにも早くなります。脈拍の強さも心拍数と同様に自律神経や免疫の働きで強さが変わります。リズムの悪さは身体のどこかに滞りがあるためとされ、これも重要な指標です。
②血管平滑筋
血管平滑筋は血管の壁の中にある筋肉で、自律神経の命令によって血管を拡げたりすぼめたりするのが仕事です。緊張や興奮状態では血管平滑筋は血管をすぼめます。逆にリラックスしているときは血管平滑筋は拡がります。この平滑筋の緊張状態を見ることで自律神経系が正常に働いているのかどうかを判断することができます。平滑筋が緊張しているときは脈が細く張り詰め、弛緩しているときは張りのないゆるんだ感触になります。また、血管平滑筋は暑さ寒さでも変化するので、患者さんの主観的な温感を知る目安にもなります。
③血管容積と血液
血管の容量に対して血液の流れる量はどうか、という視点です。血管というのは単純化するとドーナツ状の風船のようなものです。風船の伸び縮みするゴムが血管壁にあたります。この伸び縮みによって風船の中に入っているもの=血液に圧力がかかります(最低血圧ですね)。脈を触って血管の中に血液が満ち満ちているか、それとも血管の広さに対して血液が足りてないのかといった所に注視することで、各種の体循環の滑らかさをはかることができます。また、風船のゴム=血管壁の伸縮がなめらかかどうか(動脈硬化の進行状態ですね)も体循環をはかる指標になります。
④血管をとりまく組織
血管をとりまく組織は筋肉と脂肪層です。これらの過緊張やむくみ・あるいは萎縮等によっても血管が奥に触れにくくなったり、周りの組織が疎になって振動が大きく触れたり、過剰に表面に脈拍が浮き上がったりなどの変化があります。
⑤末梢抵抗
末梢抵抗とは血管の一番先にある毛細血管中の血液の流れの悪さのことです。毛細血管は心臓から遠く、また非常に細かく枝分かれをしているため、心拍のつくる血圧が届きにくいところです。そのため、ちょっとしたことで血流が滞り、結果としてホースの先っぽを半分つまんだ状態の様に血圧を上げてしまいます。この状態も脈をみることで把握することができます。
以上が私が普段やっている脈診の考え方です。脈で五臓を診るという考えがありますが、これもこの脈診の延長線上でカバーすることができます。
ただ、脈というのはちょっとした感情の動きにもすぐに反応してしまうもので、便利な反面移ろいやすく信頼性に欠けるところがあります。 中には脈診だけで全てを判断される先生もおられるようですが、私の場合は問診や他の全身状態、ツボの観察、関節の動きや炎症などと併せてみる様にしています。