東洋医学に興味があったり、セルフケアに興味がある、あるいは食養生に関心の強い方なら『養生訓』という書物の名前はご存知かと思います。

『養生訓』は貝原益軒という江戸初期~中期にかけて福岡で大名のお医者さんをしていた方が書かれた本です。この方、生涯で60部・270巻以上の本を書かれていますが、実は本を書きだしたのが70歳でお医者さんを引退してから。そこから1714年に84歳で亡くなられるまでの間に1年で20巻ぐらいのペースで書きまくったウルトラおじいちゃんであります。

当時、書籍がどのぐらい売れたかという統計はないのですが、『養生訓』は初版から刷られまくりまして、益軒が亡くなる頃になっても新しい版木が彫られていた模様です。しかもベストセラーなだけでなく明治以降もずっと刷られ続けた超ロングセラーです。

それだけの著書ですので、現代の日本人の人体観・健康観に非常に深い影響を与えています。読めばわかりますが、我々が習慣的に「体にいい」と思ってやっていることの多くが書かれております。内容は難しく考えなくても何をすればいいのかわかるようになっておりまして、読んで実行するのに特別な教養がなくてもいいように書かれております。

 

例えば、

腹中の食いまだ消化せざるに、また食すれば、性よき物も毒となる。腹中、空虚になりて食すべし。

という一節があります。

「空腹になってから食事をしましょう。でないとどんなにいいモノでも体にとって害になります」という意味ですね。現代だと食べなきゃ元気が付かないといって時間になったら無理に食べようとしたりする風潮がありますが、そういったことを諫めております。書いてあることそれぞれに東洋医学的な根拠があり、それを誰でも理解・実行できる形に書き直したというのは大変な業績です。

 

という訳でベストセラーになるだけの理由のある本なんですが、私的にはちょっと不満のある本でして。なにかというと内容が割ととっ散らかってるんですよね。話があっちに飛んだりこっちに飛んだり、かと思えばさっき読んだのと同じことが書いてある部分が2回・3回と出てきたり。益軒センセはこれを書いた時にはもう80歳のおじいちゃんだったので仕方ない部分なのかもしれません。

また、貝原益軒は儒学者でもありましたので、健康本とはいいつつも健康観と道徳観がごっちゃになった部分も見受けられます。道徳云々は社会から受けるストレスと関係してきますので一概に養生との関係を否定はできないものの、道徳観というのは時代と共に変わるものですし、現代において読む上ではこの辺りも養生からはちょっと切り離した方がいいなぁと思う所です。

 

さらに言えば、現代と江戸期の生活が決定的に異なる部分がありまして、書いてあることを現代で鵜呑みにできない部分が見受けられます。

何度か繰り返し出てくる主張の一つに「睡眠時間を短くしなさい」というのがありますが、これは夜間照明が発達した現代に生きる我々と、油や蝋燭が流通していたとはいえそれなりに高価であり日が沈んだら基本的には真っ暗になるので寝るしかない江戸期の人々とではその意味合いは全く異なります。

また、飲食に関するところですと、食中毒のリスクを避けるためのノウハウが多く盛り込まれておりまして、この辺りも生鮮品の輸送・保存技術が発達した現代と事情が異なる所ですので鵜呑みにはできません。

 

というところが不満点なのですが、現代語訳本や解説本でその辺りの事情を汲んで書いている本が少ないように思います。だったら…ということで私なりに解説を加えていきたいと思います。

気の向いた時に書くものなので、順序も更新時期もバラバラになりますが、どうぞお付き合いください。